福岡県太宰府市の丸山病院(内科・消化器内科・循環器内科・リハビリテーション科)

2021-12-02

虚血性心疾患:冠れん縮性狭心症

冠動脈のれん縮(けいれん収縮)が原因です

これまで解説した狭心症は冠動脈の動脈硬化が原因であり、階段を登る、小走りするなど体を動かすこと(労作)によって起こる狭心症なので労作(ろうさ)性狭心症といいます。これに対して「冠れん縮性狭心症」は、冠動脈のけいれん収縮(れん縮といいます)が原因で起こる狭心症で、労作とは関係なくじっと安静にしている時に起こります。労作性狭心症は欧米人に多く日本人を含むアジア人では比較的少ないですが、冠れん縮性狭心症は欧米人に比べてアジア人に多いとされています。

冠れん縮のイメージ図です。左図のように血液が正常に流れている冠動脈に、右図のように強い「れん縮」(けいれん収縮)が起こると内腔が狭くなり血流が大幅に減少したり、内腔が塞がり血流が完全に阻まれたりすることもあります。冠れん縮は、大抵の場合、数分間で自然に解除されて元に戻ります。

出典:インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(一部改変)

れん縮は、冠動脈の動脈硬化が生じている部位でもそうでない部位でも起こります。正常の血流を保っている冠動脈にいきなり強いれん縮が起こると、冠動脈は細く縮んでしまい血流が大幅に減少するあるいは完全に遮断されてしまうので、安静にしていても心筋の酸欠状態(狭心症)が起こります。胸痛発作は早朝や夜間に起こることが多く、「胸苦しくて朝早くに目が覚めた」などというのが典型的で、「夜、眼が覚めたら寝汗をかいていた」などということもあります。痛みや締め付け感・違和感は、胸だけではなくしばしば首・下顎や肩などに広がって感じられます(放散痛といいます)。通常、冠れん縮は数分〜15分ほどで解けますが、20〜30分間くらい症状が取れないこともあります。

異形狭心症(冠れん縮性狭心症の特殊な病型)の患者71人において、発作の出現頻度を時間帯別に示した棒グラフです。
狭心症の発作は、深夜0時過から朝6時頃までに集中して起こっています。無症候性発作とは、狭心症の心電図変化はあるけれども症状がない狭心症発作のことで、症候性(症状がある)発作よりも多数を占めています。

出典:冠攣縮狭心症の診断と治療に関するガイドライン(2013年改訂版)

胸痛が起こったら、ニトログリセリンを舌下します

発作が起こった時には、ニトログリセリンの錠剤(ニトロペン®️)を舌の下に含んで自然に溶けるのを待ちます(この服用法を「舌下」といいます)。
錠剤は、2分くらいで溶けて無くなります。ニトログリセリンは全身の静脈や動脈の筋肉(平滑筋)をゆるめる作用があり、冠れん縮も解除します。ニトログリセリンは口腔粘膜から速やかに吸収され、舌下後1〜2分で聴き始め30〜60分ほど効果が続きます。飲み込んでしまうと、腸から門脈を経て肝臓で代謝されるので全身に行き渡る前に薬の効果の大半が失われてしまいますが、口腔粘膜からの吸収だと肝臓を通過せずに全身循環に到達します。稀に、舌下後もなかなか症状がなくならないことがありますが、5分以上経っても症状が残っている場合には2回目の舌下を行う必要があります。スプレー式の製剤(ミオコールスプレー®️)もあり、1回の噴霧がニトログリセリン1錠分に相当します。息を止めて舌の裏側に噴霧した後は、30秒ほど唾を飲み込まず口に含みます。
ニトログリセリンの舌下やミオコールスプレーが症状に効くかどうかは、冠れん縮性狭心症を診断する上で重要な判断材料となります。

冠れん縮性狭心症の診断のポイントは、問診と冠動脈CT検査です

冠れん縮性狭心症を的確に診断するには発作時(症状がある時)の心電図を捕まえれば良いのですが、いつ起こるか分からない発作の時に心電図記録を行うことは実際にはほぼ不可能です。それに準じる診断法は、冠動脈造影検査で冠れん縮誘発試験を行うことです。
冠動脈を造影して狭窄病変がないことを確認した後に、冠れん縮を誘発する薬(アセチルコリン・エルゴノビン)を冠動脈内に直接注入して、冠れん縮が起こること、発作と同じ症状が起こること、狭心症の心電図変化が出現することを確認して診断します。ただし、この検査を行うには入院が必要ですし、診断感度は必ずしもよくありません。以前に比べて、冠れん縮誘発試験を行うことは少なくなりました。

冠れん縮誘発試験の冠動脈造影写真です。
冠れん縮を誘発する前の左冠動脈の造影写真(A)では狭窄は認めません。れん縮を誘発する薬(アセチルコリン)を左冠動脈内に注入した後の造影写真(B)では、左前下行枝(上の矢印)と左回旋枝の側枝(下の矢印)にれん縮が誘発され、内腔が完全に閉塞してそれより下流(Aの写真の小さな矢印)が映らなくなっています。血管拡張薬(硝酸イソソルビドなど)を冠動脈内に注入して、冠れん縮を解除します。

出典:日本冠動脈疾患学会雑誌 2011; 17: 30-35(一部改変)

患者さんの話によく耳を傾ければ(注意深い問診)、冠れん縮性狭心症であるかどうかを予測するのはそう難しいことではありません。冠れん縮性狭心症が疑わしい場合は、カルシウム拮抗薬を処方してその効き方を確認します(診断的治療)。内服開始後、症状がみられなくなれば診断の信憑性は高いです。後日、冠動脈CT検査を行って、冠動脈に狭窄病変がないことを確認します。押しなべて、問診で冠れん縮性狭心症が強く疑われ、診断的治療が有効で冠動脈CTが正常であれば冠れん縮性狭心症と判断して良いと考えています。

治療の第一選択薬は、カルシウム拮抗薬です

自覚症状が起こらないようにするには、冠れん縮を抑える薬を定期的に内服する必要があります。
第一選択薬はカルシウム拮抗薬であり、その中でも強い冠れん縮抑制作用があるニフェジピン・ベニジピン・ジルチアゼム(アダラート®️・ベニジピン®️・ヘルベッサー®️)を用います。効果不充分の場合は、血管拡張薬である硝酸薬の内服薬や貼り薬(硝酸イソソルビド:アイトロール®️・フランドルテープ®️など)やニコランジル(シグマート®️)を追加します。それでも症状が残る場合には、EPA(イコサペント酸、エパデール®︎)の追加が有効であることが少なくありません。
冠れん縮性狭心症の治療では、「自覚症状が全く起こらないようにする」ことが重要と考えています。なぜなら、「軽い症状でも、症状があることは心配な状況」だからです(サイドメモ『ニトログリセリンの舌下』をご参照ください)。

冠れん縮性狭心症には、さまざまな特色があります

女性よりも男性に多く、高齢者よりも比較的若い年齢層で多くみられます。寒い日に屋外に出た直後や、何かの原因で心理的に大きな衝撃を受けて興奮した時、さらに飲酒後のお酒の覚めかけや深酒をした翌朝などに狭心症の発作が起こることがあります。春先や寒い季節に発作が多くなるなど、季節性を示す場合もあります。薬を止めてしまって数年間何ともなかったのに、急に胸痛の発作がまた起こり始めたなどということもよく耳にします。閉経前の女性の冠れん縮性狭心症では、生理前に発作が多くなるなど女性ホルモン(性周期)との関連があることも知られています。

話は変わりますが、狭心症や急性心筋梗塞のカテーテル治療である経皮的冠動脈形成術(PCI)では、約9割の患者さんで薬剤を塗りつけた薬剤溶出性ステント(DES)を使います。DESを留置した冠動脈はその性状が変化して冠れん縮が起こりやすくなることが知られており、PCIの数ヶ月ないし2〜3年後に冠れん縮性狭心症の発作が起こるようになることがあります。

サイドメモ:『ニトログリセリンの舌下』はこちら

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