福岡県太宰府市の丸山病院(内科・消化器内科・循環器内科・リハビリテーション科)

2022-10-21

<サイドメモ>心不全治療薬としてのβ遮断薬

こちらの記事は、『心不全の治療』の補足記事です。

β遮断薬は、左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)の治療薬の代表格です。しかし、β遮断薬は心拍数を減らし心臓の収縮能を抑制するので、「うっ血性心不全がある患者」は禁忌(投与してはいけない患者または状況)です。β遮断薬は、「心不全には使ってはいけない薬」だったのです。心不全治療薬として健康保険で認められ実際によく使われているカルベジロールやビソプロロールなどのβ遮断薬も、「非代償性の(症状が安定していない)心不全患者」には禁忌となっています。一体、どうゆうことでしょうか?

β遮断薬がHFrEFの治療薬として有望視され始める前にも、毎分100〜120以上の頻脈があるHFrEFにはβ遮断薬を処方していました。脈が早いと拡張時間が短くなり、左心室が充分に拡がり切る前に次の収縮が始まるので、一回拍出量さらに心拍出量(1分間に心臓から拍出される血液量、一回拍出量と心拍数の積で求めます)が減ります。β遮断薬を服用すると脈拍数が減り拡張時間が長くなるので、心拍出量が増えて心機能の改善が期待できます。

1970年代に、スウェーデンの医師が「7人のHFrEF患者にβ遮断薬を飲ませたところ、自覚症状と心機能が改善した」ことを報告しました。その後、左室駆出率が40%未満のHFrEFに対してβ遮断薬が有効であることを示す少数例(50人以下)の研究結果がいくつか報告されましたが、なかなか受け入れられませんでした。1994年以降、2000〜3000人規模の研究で同様の結果が次々と発表されました。それらの研究の対象患者さんの平均心拍数は毎分85前後で、大半の患者さんは頻脈ではありませんでした。これらの研究により、心拍数に関わらず(頻脈でなくても)、β遮断薬はHFrEFの死亡を34〜44%も減らすことがわかりました。本当に素晴らしい結果ですが、「β遮断薬は心不全には禁忌」ということが骨の髄まで染み込んでいた私はなかなか前に踏み出せませんでした。

健診で「心電図に異常がある」といわれて念のために受けた心エコー検査で、HFrEFが見つかることが稀にあります。このような場合は、全く無症状です。当時は、「症状もないのに、心不全治療薬が必要なのだろうか」と思いました。アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)などのレニン–アンギオテンシン系を抑制する薬は、動脈と静脈を拡げて心臓の負担を減らします。このような薬理作用は症状がないHFrEFに対しても有益と納得できたので、ACE阻害薬やARBは比較的抵抗感なく処方できました。しかし、β遮断薬を処方し始めるまでには、もう少し時間が必要でした。

β遮断薬は、もともと高血圧や頻脈性不整脈の治療薬で、1日あたりのカルベジロールの常用量は10〜20mg、ビソプロロールは2.5〜5mgです。HFrEFの1日あたりの目標投与量も、カルベジロールは20mg、ビソプロロールは5mgです。しかし、いきなりこの量で飲み始めると心不全が悪くなることがあるので、目標量の1/8〜1/4から始めて1〜2週毎に段階的に増やします。冒頭で述べたように、カルベジロールやビソプロロールでも、「非代償性の(症状が安定していない)心不全患者」では禁忌ですので、心不全の症状が落ち着いてから開始するのが基本です*1。初めのうちは、安定した無症状のHFrEF患者さんでも、1〜2mg*2のカルベジロールで始めて、1〜2週毎に1〜2mgずつこわごわ増量していました。 ところで、β遮断薬であればどれでも心不全に効くわけではありません。HFrEFに対する予後改善の効果が確認されているのは、カルベジロール・ビソプロロール・メトプロロールの3つです。しかし、メトプロロール・コハク酸塩は日本では未承認なので、HFrEF治療薬として私たちが使えるβ遮断薬はカルベジロール(アーチスト®︎)とビソプロロール(メインテート®︎)の2つだけです。

*1:症状がない安定したHFrEFの場合は、カルベジロールを1〜2週毎に2.5→5→10→20mgと増やしても心不全が悪化することはまずありません。従って、外来通院でβ遮断薬が増量できます。これに対して、急性心不全の入院治療が終わったばかりの場合は、β遮断薬を始めた後に心不全が悪くなることがあります。なので、入院中に目標量の半分くらいまで漸増して、あとは退院後に外来でゆっくり増やすことが多いです。

*2:高血圧で処方するカルベジロールは、10mg錠と20mg錠です。カルベジロールの1.25mg錠と2.5mg錠はHFrEF治療用に作られた剤形ですが、発売は2002年12月とかなり後でした。それ以前、1〜2mgのカルベジロールを調剤する時には、薬剤師さんに10mg錠を細かく砕いて小分けしてもらっていました。ビソプロロールの0.625mg錠の発売は、さらに遅れて2011年5月でした。

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